虫周ノ言己

高校生のどっかの馬鹿が適当に書くブログ

多摩川冷戦 零

今回の記事は写真より撮影に至るまでを重点として書いたモノである。写真に期待してる人はいないとは思うが期待しないでくれ。

 今回も受験前、大好きな化学の先生と出会う前の話である。2016年の大晦日も過ぎ、初詣も済ませたどっかの馬鹿は都立推薦24日前にも拘らず早朝の中央線のロングシートで転寝をしていた。1月3日、この日はこの時期流行りのホリデー快速富士山号の送り込みを多摩川シルエットでキメ、一旦家に帰り色々済ませてから午後に水上号を撮る。そんな予定だった。そうなるはずであった。

 まだ陽が差していない寒い早朝、1人の男が日野駅近くの道を重い三脚とカメラを抱えながら歩いていた。そうして歩くこと数十分、ほんの少しあたりが明るくなった頃には多摩川に到着。しかしここで問題が生じる。撮影者がいない。ましてや撮る場所がない。ここでどっかの馬鹿は大誤算に気づく。多摩川シルエットの立ち位置は日野側ではなく立川側の河川敷なのだ。全長13m近くはある大きな川を挟み、多数の鉄オタとろくに調べもしなかった哀れな受験生の姿がいる。人が渡れる道路橋を探した。しかし遠い。遠いのである。試しに某Google大先生で経路検索をしたら40分近くかかるらしい。これでは立ち位置に着いた瞬間列車が通過してしまう。ここで馬鹿は何かに気付く。中央線の橋の下に大きな川特有の何個も石壁に分かれた小さな滝。ここで思った。

 

 「ここのコンクリートの壁や段差を渡れば行けるんじゃね?????」

 

 そう思ったころには自分は幅の狭い塀の上にいた。石の壁の上にいる。一歩でも足を踏み外せば真冬の多摩川で寒中水泳をすることになる。そうなれば生きて田端の街に帰ることもない。川崎あたりで水死体となり浮かび上がるだけだ。

 私は人生の中で一番のスリルを味わった。さながらインディ・ジョーンズだ。ハリソン・フォードになったような気分だ。川霧で視界が妨げられる中、私は川の真ん中にまで来てた。植物プランクトンだかか知らないが滑る。慎重なコントロールで渡った。しかし無事に渡れれば記事にしない。

 私は川の終盤のなんてことのない段差で多摩川に落ちた。水しぶきの音は上を走っている中央線の音で掻き消された。なんて哀れなのだ。流石に死んだかと思った。

 

 だが生きている。落ちた場所が幸い浅いところで川の端っこだった。これが深い場所かつ川の真ん中だったら今頃私はこの文章を呑気に書いていない。地獄でそれなりの報いを受けているだろう。

 

 で、撮った一枚だがご覧のとおり糞を極める一枚である。

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 この後水上も撮らずに家にすぐ帰り冷えた下半身を布団で温めていた。親に怪しまれた。

 こんなんになるなら大人しく家で寝ていればよかった。川に落ちてズボンは濡れるわ写真はひどいわいいことがない。

 次の冬。必ずもう一度多摩川に行く。そう決めた馬鹿であった。

 

 前の記事にも書いたが推薦はもちろん落ちた。当たり前である。

 使用機材:Canon EOS kiss X3 + 2009年の55-250mm